昭和五十七年八月十三日 朝の御理解


御理解第十四節 「神は荒れ地荒れ屋敷をお嫌いなさる」


 甘木の初代安武先生の奥様がある時に、こういうお夢を頂かれたという事です。
 道を歩いておられると、ま、荒れ地、それこそ荒れ屋敷でしょう。を、お年寄りの方が備中ぐわを持って一生懸命、開墾をしておられるというお夢であった。そしてそのう、お爺さん奥様に声を掛けておられる。それは「帰ったら備中の金光大神が開墾をしてやっておるから帰ったら安武に言うておけ」というお言葉であったという事です、ね。確かにその荒れ地荒れ屋敷という事の内容というか、とにかく金光大神の教えを知らず、生活をしておる人のところをまず、私は荒れ地荒れ屋敷というふうに思います。それには神も喜び金光大神も氏子も喜べるというおかげとは、そうした私は荒れ地に金光大神の光が輝いていくという事だと思うです。自分の周辺を眺めてみて自分の周辺にどれほど金光大神の光が潤うておるかという事を思わなければばらんと同時に、これは自分が開墾しよう、自分が開こう、私が導こう、私が助けようという事ではいけない、だめだと思う、ね。
 最近、明らかにされておる教えの中に、ね。大願の氏子に金光大神身代わりという、もっと長い御教えですけれども、そういう意味の御教えのがあるそうです。言うなら、安武松太郎という先生は、どれほどの御信心とそのお徳を積む事に精進されたか、そして大願のもっ、にしておありになったかという事を感じます。で、安武松太郎で開く事は出来ないのだけれども、ね。そういう大願の氏子に、いわゆる金光大神が、ね。いわゆるその開墾に出向いて下さる。金光大神が開いて下さる。その後にこう、いろんな言うなら喜びの種が蒔かれて、その当時、甘木大国と言われる程しの、ま、御ヒレイを受けられたんですね。ですから私共が、ここに思わせて頂かなければならない事は、ね。金光大神の光がまだ、潤うていない。天地金乃神様は世界中の氏子におかげをやってあると仰せられるが、金光大神の光が潤うていかないければ、ね。いわゆる本当のおかげにはならんのです。言うならば荒れ地荒れ屋敷が、殆どなんです、ね。そこをなら開かせて頂くというか、ね。私一人の助かりから、言わば周辺の助かりには、どうしても大きな願いを立てなければならない。又はそれに対する修行をいとうてはならない。そこにいわゆる金光大神身代わりとなって、ま、開墾、いわば、をして下さるという事になるのじゃないでしょうか。
 今日は十三日会ですが、ね。この十四節の前に御理解には、ね。「神は向う倍力の徳を授ける」というのですからね。これは十三節。「神は向う倍力の徳を授ける」ですね。私共が、今の願いからもう一つ信心を生き生きと進めていき高めていかなければなりません、ね。一遍に大きくなるという事は出来ません。徐々に大きくならしてもらう願いを立てて、そしてそれが生き生きとしたものでないと、ね。育ちません。心が生き生きとしてくる。十三日会と言えば、神願成就の日、ね。当時の椛目時代に、ま、様々にな難儀がございましたが、ね。その難儀を神様にお願いさして頂いとりましたが、ね。神の願いが成就する日というふうに頂いたんです。十三日というのは、ね。その神様の願いが成就する日としての当時、修行さして頂いておったその修行が有り難く、段々なってまいりますのに従って、この十三日会だけは、ま、言うならば、はあ、十三日会だから参りなさいと、私は言うた事がないです。明日は十三日会ぢゃから参りなさい、ね。もうそれこそ一人でに十三日会が、広く大きく、な会に信心共励の会になっていっております。しかもそれだけではありません。十三日会といえば、御礼十三日会という特別のお初穂を奉って、御神願成就の為のお役に立たせて下さいという願いが込められるというような、ただ普通の共励会とは違った、成程、神願成就。いわゆる神様が先に立って、こ、いよいよ荒れ地荒れ屋敷を開いて行って下さっておるような感がございます、ね。
 どうしてもね。わかっちゃおるけれどもそれが出来ないという、ね。例えば一切神愛論というような一切神愛とわかっちゃおるけれども、神愛として御礼が言えない、ね。血の涙の出るような思いのする時に、それが神の願いが成就する。言わばそういう神願成就にもなるぞと神様からお知らせを頂いて、その事に対して心から、ま、当時の椛目の信者一同が、ね。御礼心を大きくして参りました。当時、御本部の月参りがあっておりましたが、月参りが出来ないような状況になりましたので、ね。その月参りの費用を、ね。その当時には、まあだ、当時の椛目には預金というものがございませんでした、ね。それでどうして、次のお広前建立という事が願われておりましたから、いわゆる建設費の為に皆さんが集まって、そしてその十三日会という日を、ね。共励の日として始まったのが十三日会です。ただ共励に集まってくるというだけじゃない、ね。その当時の御本部参拝の費用を、ね。持ち集まってそこから、初めて当時の椛目に建設費の預金が出来るようになった、ね。それが丁度、当時の金で七十万預まった時に、ここの話が出て成就して、ここの費用が丁度土地を買わして頂くのに、それが七十万でしたから、立ち上がっていくという事の上に、また改めておかげを頂いたのです。成程神願が、そのようにして成就して今日に至っております。ですからその事、事態がね、生き生きとした心でなからなければ大きな願いも立てられませんし、大きな願い。生き生きと立てられる時に神様が、今日の今のとうに、ね。神は向う倍力の徳を授けると仰せられるお徳に欲する事が出来る。それをまた、言い換えると金光大神が身代わりとなって、荒れ地荒れ屋敷を開いて下さったという事になるのじゃないでしょうか。
 お互いの信心を、もう一回り大きくしていかにゃいけません。私は最近、有り難いと思います事は、北野の秋山さん達御夫婦が熱心に朝参りが出来られ、もうお父さんは七十七でしょうか、ね、という、も、高齢でありながら、いわば最近の朝参りが何か、有り難い楽しいものに感じておられるようです。お届けの内容が全然変わりました。以前は、何十年かやっぱり合楽、当時の総代としてまたは、幹部信者としておかげを受けられてた。けれどもそういう信心の喜びというものがなかったように思う。おかげの喜びはわかっておるけれども信心が身についていく喜びというものはなかったようにある。以前のお届け。例えばお届けでも、そうぞ今日も一日健康でとこれが一番でした。ところが最近は、そんな事はおっしゃらんです。も、今日、お引き寄せを頂いたという事が有り難いと、何か心の底からその事を御礼を言うておられるような感じなんです。今日もお引き寄せを頂いたという事が有り難い。それは私は言うならば、御理念が身についていっておる喜びと思います。そういう信心にならんと神様が、育てようとなさっても育てられないんです、ね。枯れたものを育てる事は出けんでしょうもん。生き生きとしておるからそれを天地が、こ、葉を組み育てて下さるのです、ね。ただ自分の我情我欲の為にです。ただ商売が繁昌しますように健康でありますようにというだけの御信心の間は、いかに日参が出けておっても、ね。それを育てて下さろうとする働きが起こっても、それを受ける事が出来ません。心が信心の喜び、信心が育っていく事は有り難いとわからして頂くようになるから、ね。こちらも育っていく楽しみがあると同時に、ね。神様も育てて下さる楽しみを、言うならば神様と氏子とが楽しみ合いながら信心が、しかもそれが段々大きな信心へと、ね。大願の氏子に金光大神が身代わりになって下さる程しのおかげ。甘木の初代の信心がどのような信心であったかというような事を、その奥様のお夢の中から感じる事が出来ます。こういう荒れ地荒れ屋敷を、ね。備中の金光大神が、ね。聞いてやっておる。帰ったらそう、安武に言うとけとおっしゃったと、ね。してみると安武松太郎先生が開かれたのではない、神様が開いて下さった。だから自分で開墾しようぢゃない、自分で開こうぢゃない、ね。神様に開いて頂く信心内容をいよいよ、生き生きと身につけていかなければならんように思いますね。
                        どうぞ。